【記事移動】そのコンテンツは誰が読むの
(2021年12月6日「苦悩のアフィリエイト」で公開)
「自分は知っていること」
を書くじゃないですか。
ブログの記事でも、コンテンツでも。
知らないことは書かないし、書けない。
私いま、あたらしいコンテンツを作りはじめたんですけどね。
自分がどんどんさきに進もうとしていると、
「自分が通過してきたポイントで立ちどまっている人は、なにがわからないのか」
この感覚が鈍感になっていくのを感じるんです。
たとえば「地獄の回転作戦」といわれても、なんのことだかわからないですよね。
でも、私は知っているんですよ。
メルマガでも話したし、コンテンツの特典レポートでも話して、よく知っている。
私が命名した作戦だし…
それをあらためてコンテンツ化しようとすると、なんか省略しちゃうんですよね。
私は知っているから。
「言わなくてもわかるでしょ」「察して理解して」
みたいな、めんどくさい彼女みたいな部分が出てきてしまう。
もしそのままコンテンツとして完成させて、世に出したら。
読んでくださるかたは、いまいちよくわからないわけですよ。
「ここがわからないです」と聞いてもらえればいいのですが、それはない。
質問はこないと思っていたほうがいい。
距離感の問題でもあって、よく知っている人になら気軽に質問するかもしれませんが。
よく知らない人のつくった意味不明コンテンツを、質問してまで理解しようとする人は、まずいない。
他人は私に興味がない。
だから、コンテンツによっては、コンテンツのまえに「コンテンツを理解しようとしてもらえるような環境づくり」も必要だと思う。
これセールスとは違いますが、磨の巣で言われていることとおなじですよね。
「その記事やコンテンツを誰がみるのか」
どんな距離感の人用なのか。
これによって、コンテンツの詰めこみ度や構成は変わってくる!
アドセンスブログの記事って「網羅性が~」と言われるじゃないですか。
これはまったくの他人用コンテンツだから、読者は一見さんを想定しているから、内容ぎっしりにしなくちゃいけない。(たぶん)
他人は質問してくれないので、質問する必要がないように、「わからない」を極限まで殺す。
焼き芋はぎっしりみっしり。
アドセンスブログの記事は焼き芋。
よくわからないな…と思われた時点で、おわりなんだと思うんです。
読者さんにとってその内容が「自分事」ではなくなってしまう。
しみこまずに流れていってしまう…ぴちぴちの肌が水をはじく…
いや、しわしわの肌でも水はしみこまないか。(どうでもいい)
だから、まず自分の読者さんはいったい誰なのかをあきらかにして。
その読者さんがわかるように、わかってもらえるように書かなければいけない。
それが「仕事」なのだと思うのですが、自分は知っているから、読者さんの感覚に鈍感になっている。
この自分の鈍感になった感覚をおぎなうのが
「リサーチ」なのかもしれない
…
……
ふふ(自分でウケて爆笑)